大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成4年(わ)192号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

第一  公訴事実

本件公訴事実は、以下のとおりである。

「被告人は、平成三年九月三〇日午前四時五〇分ころ、福岡市東区和白二丁目一番四五号付近路上において、いずれも殺意をもつて

第一  A子(当時五二年)の左背部、左肩部を所携の刃体の長さ約二二・七センチメートルの柳刃包丁で二回突き刺したが、同女に入院加療一六日間を要する左背部・左肩刺創、左第八肋骨骨折、左肺挫傷の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかつた。

第二  B子(当時三六年)の左胸部を前記柳刃包丁で一回突き刺し、よつて、同日午前六時一五分ころ、同区和白丘二丁目一一番一七号所在の和白病院において、同女を左胸部刺創による心臓及び大動脈貫通に基づく外傷性出血により死亡させて殺害した。

が、右各犯行当時、異常酩酊のため心神耗弱の状態にあつたものである。」

第二  争点

弁護人は、被告人が本件各公訴事実の犯行(以下「本件犯行」という。)の犯人であることの証明は不十分であり、仮に犯人であることが肯定されるとしても、被告人に殺意はなく、さらに、本件犯行当時、被告人は心神喪失状態にあつたものであるから、本件各公訴事実について無罪であると主張するので、以下検討する。

第三  証拠上明らかな事実

関係各証拠によると、以下の事実が認められる。

一  A子(当時五二歳)は、平成三年九月三〇日午前四時五〇分ころ、福岡市東区和白二丁目一番四五号付近路上(以下「本件現場」という。)において、見知らぬ男(以下「犯人」という。)から、鋭利な刃物で左背部、左肩部を刺され、一六日間の入院加療を要する左背部・左肩刺創、左第八肋骨骨折、左肺挫傷の傷害を受けた。

二  B子(当時三六歳)は、右日時場所において、犯人から、鋭利な刃物で左胸部を刺され、同日午前六時一五分ころ、同区和白丘二丁目一一番一七号所在の和白病院において、左胸部刺創による心臓及び大動脈貫通に基づく外傷性出血により死亡した。

第四  犯人と被告人の同一性

一  犯人の識別供述

1  A子の証言要旨

本件犯行及び犯人の直接の目撃者はA子ただ一人であり、同人の犯人識別に関する第二回、第三回、第四回公判調書中の証人A子の供述部分(以下「A子証言」という。)の要旨は以下のとおりである(なお、以下、括弧内の「甲」、「乙」に続く漢数字は、検察官請求証拠番号の略である。)。

(1) 本件当時、本件現場において、小雨の中、B子が運転する自転車の後部席に進行方法に向かつて左向きに横座りし、右手でサドルの下をつかみ、左手で傘をさして、B子と談笑しながら進行していたところ、背中に硬い物で叩かれたような衝撃を受け、自転車から左斜め約一メートル前方に突き飛ばされた。倒れなかつたので、すぐに後ろを振り向くと、自分から一メートル余り離れて真正面の位置に見知らぬ男(犯人)が立つていた。

(2) その際、犯人を三、四秒間くらい正面から見た。近くに水銀灯が設置されていたので辺りは明るかつたが、水銀灯は、自分から見て犯人の右側後方に位置していたため、犯人の顔は水銀灯の逆光になつていた。

自分の視力は、当時も証言当時も右が一・二で、左が一・五である。犯人の姿は目に焼きついており、今でもそのときの様子がありありと目に浮かぶ。

犯人は、身長一七〇センチメートルくらいで、少しやせ型であり、帽子をかぶり、右手に刃物を持つていた。

顔の輪郭は丸くはなく、帽子の横の線を真つ直ぐに下方に延長したような普通の頬で、頬骨が見えた。右目は目尻くらいしか見えなかつたが、顔の左上半分辺りが明るく見えたので、左目は目尻の方から半分以上は見えており、普通の目で切れ長をちよつと大きくした感じであつた。眉毛は半分くらい見えたが、目と眉毛が離れていて、眉毛が高く、濃くはなかつたように思う。鼻、口は見えなかつた。眼鏡はかけておらず、ひげもなかつた。

全体的な印象で、犯人の年齢は三〇代後半から四〇歳くらいと思つた。

犯人は、青色か水色の長袖のジャンパーないしジャージの上着を前が開いている状態で着ており、ズボンはベージュ色であつた。上着に肩から線が入つているかどうかは分からなかつた。犯人は野球帽を耳の際まで深くかぶつていたが、それは正面から見ると丸くなくて角張つていた。安本千里の検察官調書(甲一一七)末尾添付の写真の写しの帽子は、丸くなつており、角張つていないから似ていない。靴は見えず、手袋はしていなかつた。

犯人が持つていた刃物は、長さ二〇センチメートル、幅三センチメートルくらいで、地面に水平の状態で、刃は横に、刃先は自分の方に向いていた。

(3) 自分は、左手に持つていた傘で横殴りに犯人の刃物を払い、すぐに走つて逃げたが、途中で振り返つたところ、犯人がB子の方に行つて二人が重なつたように見えた。自分はなおも逃げ、振り返ると、B子が倒れていたので、本件現場に駆け戻つた。そのとき、走つて逃げていく犯人の後ろ姿を見た。

(4) 事件から四、五日後の平成三年一〇月四日ころ、警察官から、犯人はこの人ではないかという趣旨のことを言われて、コンビニエンスストアの防犯ビデオに写つた被告人の写真二枚(寳来慶一の警察官調書末尾添付の一丁目上段の写真の左上及び二丁目の写真右上を普通サイズに拡大したもの。ただし、二丁目の写真右上であるかどうかは明らかではない。)を示されたが、その際、上着の色が青色で似ていると思つた。

(5) 同月八日、テレビで犯人逮捕のニュースを見た。また、同日、警察官に事情聴取を受けた際、犯人と思われる人が逮捕されたことを聞いた。同月一〇日の事情聴取の際、逮捕された被告人の氏名と年齢を初めて聞いた。被告人の写真をテレビ等で見たことはない。

(6) 同月二一日、検察官に事情聴取を受けた際、無理に選ぶ必要はないが、犯人がいたら選ぶようにと言われ、二〇枚の顔写真が添付してある写真帳(甲四〇)を示された。当初、番号(その2)の2、(その3)の4、(その4)の3(被告人)の三人が犯人に似ていると思つた。(その2)の2は、目や眉毛の感じや特徴のない顔が犯人に似ていると思つたが、その後、目と顔の輪郭が違うと思つた。(その3)の4は、目やこめかみの感じや顔の輪郭が犯人に似ていると思つたが、その後、目鼻だちがはつきりしているところが違うと思つた。(その4)の3は、目やこめかみの感じが似ており、全体的に一番犯人に似ていると思つた。同日、A子の検察官調書抄本(甲一七〇)末尾添付の「犯人の絵」を描いた。

(7) 同月二二日、一一人の男を見て面通しをした際、検察官から、犯人がいるかどうか分からないが、いたら選ぶよう言われたが、自分はその中に犯人として逮捕された人がいるだろうと思つた。犯人役の名前、年齢等の情報は事前には教えてもらつていない。

面通しは、本件と同じ時間帯に本件現場で、本件と同じ位置関係で、後ろを向いている自分が振り向いて、相手を見るという方法で行われた。同所で、新聞の活字が識別できるかという実験も行つたが、目から三〇ないし四〇センチメートル離した状態で、四ミリメートル角の活字まで識別できた。面通しの際には、本件当時、現場で見た犯人を見つけようという気持ちで臨んでおり、前日、検察官に見せられた写真帳のことは忘れていた。一番から順に見ていつたが、検証調書(甲一七二)の六番、七番(被告人)、八番、一〇番の四人が犯人に似ていると思つたので、その四人をもう一度見ることにした。六番は、体格、顔の輪郭、目やこめかみの感じが似ていると思つたが、二度目に見たときに年齢が違うと思つた。一〇番は、目、頬、こめかみの線が似ていると思つたが、二度目に見たときに年齢、体格、身長が違うと思つた。八番は、顔の輪郭、こめかみの線が似ており、迷つたが、最終的には、二重まぶたの丸い目や顔だちが犯人とは違うと思つた。結局、七番が、身長、体格、こめかみの線、目と頬の感じが犯人にそつくりである上、年齢的にも合致するので、犯人に間違いないと思つた。

(8) 続いて、犯人の着用していた上着の色についての実験を行つた。五種類くらいの上着の中から、自分が見たものを選んだが、一番似ている色は、前記検証調書写真六一の左から二人目が着用しているものであつた。

同月三〇日夜、事件現場で犯人の着用していたズボンの色についての実験を行つた。一〇本くらいのズボンの中に、犯人のズボンと似ているものは二本あつた。その際、ベージュ色に見えたズボンは、実際は、ジーンズの白つぽい感じの青色のズボンであつた。ベージュ色のズボンは、実験の際は真つ白に見えた。

2  A子の捜査段階における供述要旨

A子の警察官に対する供述調書写し(刑事訴訟法三二八条により証拠採用した書面)の要旨は以下の通りである(なお、以下、括弧内の「弁」に続く漢数字は、弁護人請求証拠番号の略である。)。

(1) 平成三年九月三〇日付け警察官調書写し(弁二)

犯人はたぶん男で、身長は一七〇センチメートルくらいでやせており、年齢は三〇代を過ぎた人だと思う。犯人の服装はジャンパーとベージュ色の作業ズボンで、野球帽子のような魚市場の人がかぶる帽子をかぶつていたと思う。犯人の人相や凶器は見ていないので分からない。

(2) 同年一〇月五日付け警察官調書写し(弁三)

犯人は、年齢は四〇歳くらい、身長は一七〇センチメートルくらいの男で、水色つぽいジャンパーを着て黄土色のようなズボンをはき、野球帽のような帽子をかぶり、右手にナイフのような刃物を持つていた。男の顔はよく見えなかつた。

(3) 同月一〇日付け警察官調書写し(弁四)

犯人は、年齢は四〇歳くらい、身長は一七〇センチメートルくらいのやせ型の男で、水色つぽいジャンパーを着てズボンをはき、野球帽のような帽子をかぶり、右手にナイフのような刃物を持つていた。

3  本件当時の被告人の体格、服装

関係各証拠によると、本件当時、被告人は、年齢は四〇歳、身長は約一七二センチメートル、上半身は、白色下着シャツの上に紺色ジャージ上着(平成四年押第八六号の二、前部をチャックで開閉できるもので、両方の肩から脇にかけてぐるりと一周黄緑色の線が入つており、襟の内側も同色である。また、襟の前部の若干部分は白色である。)を着ており、下半身は、薄い青色のジーンズをはいていたことが認められる。

4  A子証言の評価

(1) 前記のとおり、A子は、平成三年一〇月二一日、検察官による面割りの際、二〇人の顔写真の中で、被告人の顔写真が犯人に一番似ていると思い、同月二二日、現場で面通しの際、被告人を含む一一人の男性を見て、被告人が犯人に間違いないと思つた旨証言するが、一般に、犯人識別供述は、原体験時の観察、記憶が不正確な場合が多く、しかも、その後の犯人選別手続までの間に暗示や誘導によつて、記憶の変容を来し易いという性質を有するものであるから、犯人識別供述の評価には慎重な吟味を要するところである。

そこで、A子証言の証拠価値について、以下詳細に検討を加えることとする。

(2) A子証言及び実況見分調書(甲一四)等によれば、A子が犯人を観察した時刻は、平成三年九月三〇日の午前四時五〇分ころで暗闇の時間帯であるが、現場付近道路(以下「県道二六号線」という。)には、西側沿いに三〇メートル間隔で、高さ八メートルの位置に四〇〇ワットの水銀灯が設置されていて、自転車のライトを点灯しなくても走行できる明るさであり、本件現場から最も近い水銀灯(国道幹二三)は、A子が犯人を正面から見た地点から一九・二メートルの距離に位置し、本件現場付近は相当明るかつたことが認められ、また、人影のない路上を自転車に乗つて談笑しながらの帰宅途中に突然後方から刃物で突き刺されるという異常な事態に遭遇し、自然に意識が集中する中で、右目が一・二で左目が一・五という良好な視力を有するA子が、一メートル余りの距離に正対する犯人を静止した状態で観察しているのであり、これらの点は、A子の犯人観察の正確性を裏付けるものとみることができる。

しかし、犯人及び被告人は、A子にとつて、本件以前には未知の者であり、本件における遭遇及び面通しが初対面であつただけでなく、前記水銀灯は犯人の左後方から照射しており、A子の位置からは、犯人の顔は逆光の状態であつたこと、A子が犯人を観察した時間はわずか三、四秒間であつたこと、自転車に乗つて談笑しながらの帰宅途中に突然後方から突き飛ばされるという異常な事態に遭遇した直後で、冷静な心理状態下で観察したとはいえないことなどの情況からすると、A子による犯人観察、とりわけ顔の観察は、かなり不良な条件下になされたものというべきである。

(3) A子証言によると、本件当時、犯人の目や眉毛を実際に観察し、その記憶が面割りや面通しにおける犯人選別の根拠となつたというのであるが、A子の警察官調書(弁二)によると、A子は、本件当日である平成三年九月三〇日の時点では、犯人の顔は見えなかつたと述べているのであつて、一般に、犯人識別供述はその最初の供述が決定的に重要であり、その後の供述は、特段の事情がない限り、独自の証拠価値に乏しいと評価すべきであることに鑑みると、犯人識別に決定的な意味を有する人相に関するA子証言の価値については、とりわけ慎重に検討する必要がある(なお、以下では、人相とは目・鼻・口・眉等顔の構成部分を指し、顔の輪郭は含まない意味で用いる。)。

(4) 前記のとおり、A子は、犯人の顔がその左後方から照射する水銀灯の逆光になつている状態で、しかも、帽子をかぶつた犯人を観察したというのであるから、その際、犯人の顔は、A子の検察官調書抄本(甲一七〇)末尾添付の同人作成の「犯人の絵」に表現されているような相対的な明暗状態にあつたであろうことは推測できるとしても、犯人の左目付近が「犯人の絵」で描かれているほどに明瞭に観察できたかは疑問である。

本件当日に作成されたA子の警察官調書写し(弁二)中、犯人の人相は見ていないので分からないとの供述記載についてのA子証言は、当日の事情聴取は、本件直後のことで、自身も治療中であり、かつ、重症のB子のことが気掛かりで気が動転していたため十分な供述ができなかつたというものであるが、右供述当時のA子の肉体的・精神的状態はある程度理解できるとしても、同人が、ある程度落ち着いて記憶に残つていることを正確に述べられるようになつたという同年一〇月五日付け警察官調書写し(弁三)にも、犯人の顔は見えなかつた旨の供述記載があり、同月一〇日付け警察官調書写し(弁四)では、犯人の人相に関する供述記載がないことに照らすと、A子証言中の犯人の人相に関する部分は、同日以降に補充あるいは変容された記憶に基づくものである可能性があるというべきである。

したがつて、A子証言中の犯人の人相に関する部分はたやすく採用できない。

A子は、前記のとおり、同月二一日に行われた写真面割りにおいて、その際用いられた写真帳(甲四〇)添付の写真のうち、(その4)の3(被告人)の写真を犯人として選択しているが、右写真帳の写真のうち、被告人の写真だけが鮮明でなく、ぼやけていることをも併せ考えると、右写真面割りにおける選択をもつて、犯人と被告人の同一性を認定することはできない。

また、A子は、同月二二日に行われた面通しにおいて被告人を選択しているが、この選択も、前日の写真面割りの記憶によつて、すなわち、写真の人相によつて被告人を選択したという可能性がある(A子は、検証調書(甲一七二)の八番を除外した理由について、二重まぶたの丸い目や顔だちが違うと思つたと述べている。)以上、右選択をもつて、犯人と被告人の同一性を認定することはできない。

前記のとおり、犯人の年齢についてのA子証言は、三〇代後半から四〇歳くらいというものであるが、人の年齢についての認識は、経験上それ自体信用性が低い上、人相を重要な要素として判断されるものであるから、犯人の人相に関するA子証言が採用できない以上、A子証言中の犯人の年齢に関する部分も採用することはできない。

(5) これに対し、A子証言中、犯人は身長約一七〇センチメートルのやせ型の男で、野球帽のような帽子をかぶつていた、顔の輪郭は帽子の横の線を真つ直ぐ下方に延長したような頬で細面であるとの部分は、犯人の顔が逆光の状態で観察したことなど前述した観察の正確性を低下させる条件の影響をさほど受けないと考えられるから、その証拠価値は高いというべきである。

(6) 次に、犯人は、青色か水色の長袖のジャンパーないしジャージの上着を着ており、ズボンはベージュ色であつたという、犯人の服装に関するA子証言について検討する。

前記のとおり、A子は、同月四日ころ、警察官から、犯人はこの人ではないかという趣旨のことを言われて、コンビニエンスストアの防犯ビデオに写つた被告人の写真二枚を見せられており、右の写真では、被告人の上着の色は青色に見えること、A子の警察官調書写し(弁二ないし四)によれば、A子は、同年九月三〇日の時点では、犯人の上着の色は供述していないのに、同年一〇月五日及び同月一〇日の時点では、犯人は水色つぽいジャンパーを着ていたと供述していることからすると、A子は、右の写真によつて、犯人の上着が青色ないし水色であつたという暗示を受けた可能性が考えられる。

しかし、前記二枚の写真に写つている被告人のズボンの色は、灰色等濃い色に見えるにもかかわらず、A子は、犯人のズボンの色について、ベージュ色と証言しており、前記二枚の写真を見せられた際、上着の色が青色で犯人のものと似ていると思つたとも証言していることからすれば、A子が、前記二枚の写真を見せられたことによつて、犯人の服装の色について暗示を受けた可能性はないというべきである。

したがつて、犯人の服装は青色ないし水色の上着にベージュ色のズボンに見えたというA子証言は同人の本件当時の記憶に基づいて正確に述べられたものとみるべきところ、A子証言及び写真撮影報告書(甲一七三)によると、同月三〇日夜に本件現場で行われた犯人の着用していたズボンの色についての実験の際、ベージュ色に見えたズボンは、実際は、青色系統の白つぽい感じのジーンズのズボンであり、実際にベージュ色のズボンは、実験の際には真つ白に見えたことが認められるのであるから、右の事実に照らすと、本件当時、A子がベージュ色に見えたという犯人のズボンの色は、実際は薄い青色であつたと認定することができ、結局、犯人の服装は青色ないし水色の上着に薄い青色のズボンであつたと認定することができる。

(7) 以上の次第で、A子証言によれば、犯人は、身長約一七〇センチメートルのやせ型で細面の男であり、青色の上着と薄い青色のズボンを着用していて、野球帽のような帽子をかぶつていたことが認められ、これらの点は、帽子をかぶつていたという点を除くと、本件当時の被告人の体格、顔の輪郭、服装と類似しており、被告人と犯人の同一性を強く窺わせるものであるが、同一性を認定するにはなお不十分というべきである。

二  情況事実

1  本件前後の被告人の行動等

関係各証拠によれば、本件前後の被告人の行動は、以下のとおりであつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

(1) 平成三年九月二九日夜、自宅で入浴後、日本酒及びウイスキーを相当量飲み、同月三〇日になつて、自己所有の自動車(日産ローレル、シルバー色、四ドアセダン、黒色モール入り)に乗つて外出した。

(2) 同日午前二時二四分ころ、福岡県糟屋郡新宮町大字上府一〇七〇番地の一所在の株式会社九州宇佐美香権バイパス新宮給油所に自車で立ち寄り、ガソリン一〇リットルを給油した上、缶ビールを二個購入し、うち一個を持つて去つた。

(3) 同日午前三時三七分ころ及び同日午前四時二七分ころの二回にわたり、福岡市東区和白一丁目三番二二号サンシャインビル一階セブンイレブン白浜店に立ち寄り、それぞれ缶ビール一個を購入した。

(4) 同日午前五時ころ、同区《番地略》C方前路上において、自車を運転中、右C方ブロック塀に自車を激突させる事故(以下「交通事故」という。)を起こした。

(5) 同日午前五時二〇分ころ、車内にあつた柳刃包丁一本(平成四年押第八六号の一、以下「本件柳刃包丁」という。)を事故現場から約五五メートル離れた同区《番地略》D子方ブロック塀内側の植え込み付近枯れ草上に置き、さらに、同日午前七時三〇分ころ、着用していた紺色ジャージ上着(同押号の二)を事故現場から二〇〇メートル弱離れた同区《番地略》E所有の果樹園西側の排水溝内に入れた。

(6) 右のいずれの場所においても、帽子をかぶつた被告人の姿は目撃も撮影もされていない。

2  F子の証言とその評価

(1) 証人F子に対する尋問調書(以下「F子証言」という。)の要旨は以下のとおりである。

ア 平成三年九月三〇日午前三時三八分ころ、セブンイレブン白浜店前の駐車場で友人のG子と立ち話をしていたところ、車体が灰色で下部に黒い線が入つたセダンの乗用車が同店東側の県道二六号線を和白方向から香椎方向に走つてきて、同店北側道路に右折して入つてきたが、その際、同車を運転していた男(以下「挙動不審者」という。)と目が合い、挙動不審者は薄気味悪い笑い方で自分を見た。挙動不審者は、同店前の公衆電話付近で受話器を持つて、電話をしている様子であつたが、電話機にテレホンカードの残り度数が表示されておらず、かつ、テレホンカードが取り出し口から出ていたのでおかしいと思い、その旨をG子に話した。挙動不審者は、年齢は三五歳から四〇歳くらい、身長は一六五ないし一七〇センチメートルくらいのやせ型で、青色か紺色のジャージを着ていた。顔には特徴がなく、帽子はかぶつていなかつた。

イ その後、一人で、県道二六号線西側を和白方向に向かつて歩き、JR香椎線の鉄橋(福岡市東区《番地略》H方北側路上)付近まで来たところ、挙動不審者が立つており、前かがみになつて、腹に手を当て、自分に向かつて、苦しいとか助けてくれと言つたので、怖くなつて、後から歩いてきていたG子らのところに引き返した。

ウ その後、再び一人で歩きだし、ほつかほつか亭和白店(同区和白二丁目九番三号)前付近まで来たとき、電柱の陰から男が脅すように前に出てきたので、和白方面に走つて逃げた。挙動不審者かどうかは分からないが、ずつと追いかけられていると思つていたので、挙動不審者だと思つた。

エ 福和タクシーの向かい側にある和白モータース(同区和白三丁目一八番二七号)前路上付近まで来て、伊豆丸らを待つていたところ、挙動不審者が運転する前記自動車が香椎方向から和白方向に通り過ぎ、和白交差点を東側高見台方向に右折して行つたが、このときも挙動不審者は、自分の方を見ていやらしい不気味な感じで笑つていた。

オ 福和タクシー(同区和白三丁目一一番二〇号)前路上に移動し、福和タクシーの運転手と話をした後、自分の前を、挙動不審者が運転する前記自動車が二回通り過ぎたが、いずれの際も、挙動不審者は自分の方を向いて不気味な感じで笑つていた。

カ 平成三年一〇月八日、検察官に事情聴取された際、写真帳(甲四〇)を示され、写真(その1)の4及び(その4)の3の男(被告人)を挙動不審者と似ているとして選択し、さらに、同月一六日、面通しを行つた際、五人の男性の中から、笑つたときの目や額の印象が似ていたので、被告人を選択した。面通しの際、被告人を見て、本件当時より髪が短かつたので、髪を切つているのではないかと考えて、その旨検察官に尋ねた。

(2) 次に、F子証言の証拠価値について検討する。

まず、F子証言中、面通しの際、頭髪の長さの相違を指摘したとの部分は、F子が当時美容師見習いであり、人の髪形に強い関心を抱いていたことからすると、同証言全体の信用性を十分に担保するものであるようにも思えるが、F子がそれ以前に検察官から示されていた写真帳(甲四〇)中の(その4)の3の被告人の顔写真の髪が面通し時のそれより相当長いことに鑑みると、F子が、面通しの際、右の顔写真を基準にして被告人の髪の長さを判断した可能性を否定できず、右証言部分のみをもつて、F子の識別供述の信用性が十分に担保されているとみることは相当ではない。

しかし、F子証言は、G子(甲五〇)及びI(甲五二)の各警察官調書並びに第五回公判調書中の証人Jの供述部分と大筋において一致し、とりわけ、青色のジャージを着た男が運転するグレーの乗用車が、県道二六号線を和白方向から香椎方向に走つてきて、同店北側道路に右折して入つてきたとの部分は、G子の警察官調書と完全に一致していること、F子が、セブンイレブン白浜店前で挙動不審者を見た時刻と被告人が同店に立ち寄つた時刻が一致すること、F子は左右とも一・五という良好な視力を有し、同月六日に行われた実況見分の際にも、視力の良さが実証されていること、F子は、セブンイレブン白浜店前では、挙動不審者の動作を訝しく思いつつ約一分間観察し、その後は、同人につきまとわれて怖いという心理状態で意識が集中する中で少なくとも四回は同人を目撃していること、F子証言によれば、挙動不審者は青色ジャージの上着を着て、車体が灰色で下部に黒い線が入つたセダンの乗用車を運転しており、これらは当時の被告人の服装及び被告人が本件当日運転して外出した自動車の特徴と完全に一致するものであることなどに照らすと、F子証言中の識別供述の証拠価値は高いということができ、F子の目撃した挙動不審者は被告人であると認めるのが相当である。

3  Jの証言とその評価

第五回公判調書中の証人Jの供述部分(以下「J証言」という。)の要旨は、平成三年九月三〇日午前四時三八分ころ、F子を自宅に送り届けるため、タクシーを運転して福和タクシーを出発した直後、和白交差点より一本南側の東方に向かう路上に前方を西方に向けて停止中の車両に座つている男を見たが、その男は被告人と同一人物であるというものである。

しかし、Jは、本件以前には、本件当日目撃した男とも被告人とも面識がなく、時速約一〇ないし一五キロメートルで走行する車両を運転中に、体を左にひねるような形で、Jが運転する車両のヘッドライトが当たらない、三ないし七メートルの距離にいる車内の男をフロントガラス越しに(しかも、当時小雨が降つていた可能性が高い)三、四秒間見たに過ぎず、見た瞬間に男と目が合つたものの、その後男はうつむき加減になつたことなどの情況に照らすと、その観察条件は極めて劣悪であつて、J証言中の識別供述の証拠価値は低いと言わざるを得ず、同証言のみによつて、その際目撃した男が被告人であつたと認定することはできない。

ところで、J証言によると、同人が、目撃した男に注意を向けたのは、同乗していたF子が、停止中の車両を指して、あの人あの人と言つたためであるというのであり、他方、F子証言は、Jの運転するタクシーに乗車した後に停止中の車両を見た記憶はないというのであるが、Jとすれば、停止中の車両を指してあの人あの人というF子の言葉がなければ、停止中の車両の運転席にいた男に注意を向けなかつたのであり、また、F子証言自体から、同人の記憶の減退が窺われることやJ証言も前記識別供述を除く部分の信用性を否定すべき事情はないことを併せ考えると、F子が、停止中の車両を指さして、あの人あの人と言つたという事実の存在自体はこれを認めることができる。また、J証言、F子証言によれば、当時F子は挙動不審者にしつこくつきまとわれて強い恐怖感を抱いており、これをJに話したため、見かねたJがF子を自宅まで送つていくことになつたもので、この間の両者間での話題は、挙動不審者のことがほとんど全てであつたことなどの事実が認められ、右の経過に鑑みれば、F子が、あの人あの人と言つて、指をさす対象は挙動不審者以外には考えられない。

したがつて、右の停止車両の運転席にいた男は挙動不審者、すなわち被告人であると認定することができる。

4  本件前後の被告人の行動範囲

以上1ないし3で認定したところによれば、被告人は、平成三年九月三〇日午前三時三八分ころ、セブンイレブン白浜店前でF子に目撃された後、同日午前四時三八分ころ、再び和白モータース前でF子に目撃されるまでの間、県道二六号線沿いをセブンイレブン白浜店から和白モータース前まで移動するF子につきまとい、数度にわたりF子の近くに姿を現していたものであり、右の事実から、被告人は、本件犯行一〇数分前までの約一時間の間、県道二六号線沿いのセブンイレブン白浜店から和白モータース前付近に至る約一キロメートル弱の範囲を中心に、自動車で移動しつつ行動していることが認められる。さらに、被告人は、本件直後の午前五時ころ、県道二六号線から直線距離にして一キロメートル余りの場所で交通事故を起こしており、右の事実から、被告人は、午前四時三八分に和白モータース前で目撃された後も、直ちに帰宅することなく、県道二六号線からさほど離れていない場所にいたことが認められる。

以上の場所的・時間的関係は別紙地図のとおりであり、これによれば、本件現場は県道二六号線上のセブンイレブン白浜店と和白モータースのほぼ中間に位置することが明らかである(別紙地図は、西日本新聞社発行最新福岡県万能地図二頁福岡市東区部分を拡大コピーしたものに、本件前後の被告人の行動のうちの主要なものを記入したものである。なお、別紙地図の括弧内の記載は、本件現場についての記載を除き、被告人が同所で目撃された時刻で、平成三年九月三〇日午前を省略したものである。)。

5  本件後の被告人の言動とその評価

(1) 関係各証拠によれば、被告人は、平成三年九月三〇日夜、高野山に行くと言いだし、同年一〇月一日午前二時ころ、信者であるKの運転する自動車で高野山に向けて出発したが、同日夜、神戸市付近まで行つたとき、自首したら二〇年の刑になつて生き恥をさらすことになり、甲野家の名誉にかかわるから自首はせず自殺するなどと述べ、Kに福岡に帰るように指示し、福岡への帰途、「(L子様)死んだ女性を供養、あなたの家からお茶を上げてください(お願いします)」などという内容のメモ(同押号の三等)を書いてKに渡し、同月二日夜には、信者であるM子方において、義兄のNらに対し、自分は大変なことをした、あの事件は自分がやつたようだ、突然目の前に大きな火の玉が現れたと思い、魔物と思つて印を切つたが、そうしても消えなかつたので、襲われると思つてやつつけた、女性のような気がするなどと述べていることが認められる。

(2) 右に認定した被告人の本件後の言動の評価については、後述するとおり、被告人が本件前後精神状態に少なからず異常を来していて、本件当時の記憶が欠落し、右欠落部分をテレビニュース等によつて暗示を受けて補充した可能性があるだけでなく、本件直後に交通事故を起こしていて、これに対する自責の念を抱いていたことも窺われるので、過大に評価することは慎まなければならないが、右に摘示した被告人の言動は、交通事故を起こしたことに対する自責の念とは異質なものであつて、本件後、被告人が、少なくとも、刃物で人に攻撃を加えたのではないかという意識を持つていたことを示すものとみることができる。

さらに、前記1で認定したとおり、被告人は、本件犯行発生から約三〇分後に、本件柳刃包丁を本件事故現場近くの民家の植え込み付近に置き、その二時間後には、当時着用していたジャージ上着を本件事故現場からさほど離れていない排水溝内に入れているが、右に認定したその後の言動から推認できる被告人の認識と併せ考えると、被告人は、本件事故後、少なくとも、本件柳刃包丁を用いてなんらかの重大事件を起こしたのではないかという意識のもとに、右包丁と上着を隠匿したものと推認することができる。

以上の被告人の本件犯行発生後の行動及び言動、これらによつて推認できる意識は、被告人の犯人性を裏付ける有力な情況証拠として評価することができる。

三  結論

前記一で認定したとおり、A子証言によれば、本件の犯人は、身長一七〇センチメートルくらいのやせ型、細面の男で、青色の上着を着て薄い青色のズボンをはいていたことが認められるところ、これは本件当時の被告人の体格、顔の輪郭、服装と一致している。

また、前記二で認定したとおり、被告人は、本件犯行の前後ころ、本件現場付近に出没しており、本件後には、少なくとも、本件柳刃包丁を用いて重大事件を起こしたのではないか、刃物で人に攻撃を加えたのではないかという意識を持つていたものである。

さらに、被告人は、本件事故後に、本件柳刃包丁と紺色ジャージ上着を隠匿しているところ、解剖立会結果報告書(甲六)、鑑定書(甲九、八八)によれば、本件の成傷器は、先の尖つた鋭利な平棟状の片刃の刃器で、刃体の長さは約一四ないし一五センチメートル以上、厚さ約二ないし三ミリメートル、幅約二ないし二・五センチメートルのものと推定されているところ、右の形状は本件柳刃包丁の形状と矛盾せず、かつ、本件当時被害者B子が着用していた着衣の損傷は、本件柳刃包丁によつても形成可能であることが認められる。

加えて、A子証言によれば、犯人は、犯行前後に言葉を発することなく、いきなり被害者に対して、その身体の枢要部を刃物で突き刺していることが認められ、その態様から、強盗ないし強姦の実行行為ではなく、殺人の行為態様であるとみるべきところ、家族とともに平穏に生活していて、他人に恨みをかつていた形跡が全く窺われない本件の被害者両名を殺害する動機のある者がいたと考えることは困難であり、無言で、いきなり被害者に対して攻撃を加えるという態様からも、犯人は尋常な精神状態ではなかつた可能性が強く窺われる。他方、被告人は、後述のとおり、本件前後精神状態に少なからず異常を来していたものであるから、被告人が犯人であることに矛盾はないというべきである。

以上の事実及び情況を総合すると、本件の犯人は被告人であると認めるのが相当である。

四  弁護人の主張に対する判断

1  弁護人は、本件の犯人は帽子をかぶつていたというのであり、被告人は本件前後目撃されたいずれの時点においても帽子をかぶつていなかつたという事実に照らすと、被告人を犯人と認定することはできないと主張する。

しかし、関係各証拠によれば、被告人は、平成三年八月ころ、Nから、O子の検察官調書(甲一一七)添付の写真の写しの帽子をもらい、本件当時に至るまで、釣りに行くときなどに着用し、使わないときは自車のトランク内等に保管していたことが認められ、被告人の検察官調書(乙六)によれば、本件柳刃包丁も普段は自車のトランク内に入れていたことが認められるから、被告人が、本件犯行直前に、本件柳刃包丁とともに右の帽子をトランク内から取り出し、犯行時に右帽子を着用した可能性も十分に考えられ、また、右帽子は、本件後、被告人の身辺には見当たらないことが窺われる(乙一一)ところ、被告人は、前記のとおり、本件後、本件柳刃包丁及びジャージ上着を隠匿しただけでなく、高野山に向かう際にも、右ジャージ上着と一式になつているズボン及び本件当時着用していたジャージのズボンを持ち出し、その帰途に捨てたと供述していることからすると、帽子も本件犯行後に隠匿し、あるいは捨てた可能性も十分に考えられる。したがつて、被告人が、A子以外の目撃者に帽子をかぶつているところを見られていないことは、犯人性に関する前記認定を揺るがすものではないというべきである。

弁護人は、A子証言によれば、犯人がかぶつていた帽子は、正面から見ると丸くなく角張つていたというのであり、O子の検察官調書(甲一一七)添付の写真の写しの帽子は、丸くなつていて角張つていないのであるから、犯人がかぶつていた帽子と被告人が持つていた帽子とは形状が異なり、犯人は被告人とは別の人物である可能性があると主張する。

しかし、帽子は、かぶり方や目撃状況によつて、その形状が異なつて見えると考えられるところ、前記のとおり、A子の犯人目撃は、逆光の中、一メートル余りの距離から仰ぎ見る状態で(A子証言によれば、A子の身長は一五〇センチメートルで、被告人とは約二〇センチメートルの身長差があることが認められる。)、かつ、ごく短時間のうちになされたものであるから、帽子の形状を正確に確認できなかつたとしても不自然ではなく、A子証言にかかる犯人着用の帽子と被告人使用の帽子の形状が相違することをもつて、犯人と被告人の同一性に疑いがあるとみることはできない。

2  弁護人は、本件柳刃包丁が本件犯行に使用され、また、ジャージ上着が本件犯行時に着用していたものというのであれば、被害者の血痕が検出されてしかるべきであるのに、これが検出されていない事実に照らすと、被告人を犯人と認定することはできないと主張する。

たしかに、各鑑定書(甲七六、一〇八)によれば、弁護人指摘のとおり、本件柳刃包丁及びジャージ上着から人血と証明できる血痕は検出されていないことが認められる。

しかし、まず、ジャージ上着から人血と証明できる血痕が検出されなかつた点については、鑑定書(甲一〇八)によれば、右ジャージ上着のルミノール試薬噴霧法により発光した四か所の部分は、ロイコマラカイトグリーン呈色試験(血痕予備試験)では陽性の判定であり、同部分には血痕の付着が疑われる上、血清学的検査においては、陰性の判定であつたが、血痕と証明しえなかつたのは、検体が微量のためであり、また、同検査における反応の陰性は、検体を人血でないと断定するものではないことが認められる。また、人の心臓や動脈部分を刃物で刺したからといつて、必ずしも返り血を浴びるとはいえず、返り血を浴びるか否かは被害者の出血状態によると考えられるところ、A子は、B子が刺された直後の状態を見て、倒れているB子の腹付近の道路上に二〇センチメートルくらいの丸い血溜まりができていたが、B子の洋服には血がついていなかつたと証言していて、刺された直後のB子の出血の勢いはさほど激しいものではなかつたことが窺われるのであるから、ジャージ上着から人血と証明できる血痕が検出されなかつたことをもつて、これが犯人着用の上着ではない疑いがあるということはできない。

次に、本件柳刃包丁から人血の付着が証明されなかつた点については、鑑定書(甲七六)によれば、右柳刃包丁の刀身中央部付近は、ロイコマラカイトグリーン呈色試験(血痕予備試験)では陽性の判定であり、同部分には血痕の付着が疑われる上、血清学的検査においては、陰性の判定であつたが、前述のとおり、同検査における反応の陰性は、検体を人血でないと断定するものではないことが認められる。また、被告人は、本件柳刃包丁は、釣りの際、鯉の餌にするザリガニを切つたりするのに使うために自宅から持ち出したと供述している(乙一二)が、被告人と一緒に釣りに行くことが多かつたRは、釣りの際、被告人が包丁などの刃物と持つているのを見たことはなく、釣つた魚をその場でさばくことはなかつたので包丁は必要なく、自分は釣り糸を切るためのはさみを持つており、それを被告人にも貸していたと述べており(甲一一一)、少なくとも、被告人が本件柳刃包丁で釣つた魚をさばくことはなかつたという事実が認められる。さらに、遺留品発見報告書(甲七一)、第七回公判調書中の証人中平光男の供述部分等によれば、本件柳刃包丁は、本件発生時から約八〇時間後の平成三年一〇月三日午後零時五五分ころ、福岡市東区《番地略》D子方ブロック塀内側の植え込み付近枯れ草上で発見されているところ、本件発生時から右発見時までの福岡地区の総降雨量は七四ミリリットルで、高美台付近も雨が降つていたことが認められ、右降雨により、本件柳刃包丁に付着していた血液が流された可能性が高いことや本件柳刃包丁を隠匿する際、被告人が包丁に付着した血液をぬぐい取つた可能性も考えられ、これらの状況の再現実験の結果である検査結果報告書(甲九五)によれば、霧吹き状の水を二分間かけた上、シャワーで一時間三ミリリットルの水を二四時間かけた包丁は、刀身に付着した血液を拭き取らなかつたものも含めて六本全てが、ロイコマラカイトグリーン呈色試験において、全部ないし一部陰性の判定が出ており、一部陽性、一部陰性という本件柳刃包丁の鑑定結果(甲七六)と矛盾するものではないことが認められ、これらの事実に照らすと、本件柳刃包丁から血痕の付着が証明されなかつたことをもつて、これが本件犯行に使用された凶器と異なる疑いがあるということはできない。

3  弁護人は、被告人が本件柳刃包丁で被害者を刺したのであれば、被告人は右包丁を当時被告人が運転していた自動車内に持ち込んだ後に隠匿しているのであるから、本件柳刃包丁に付着した被害者の血液が右自動車の床などに付着したはずであるのに、自動車内から被害者のものと思われる血液が検出された形跡がないのは不自然であると主張する。

たしかに、各鑑定書(甲五六、八三、八五、九〇)によれば、被告人が本件当時運転していた自動車内から、被害者のものと思われる血液が検出されていないことが認められる。

しかし、本件全証拠によつても、本件柳刃包丁が、どのような状態で自動車内に持ち込まれ、どの場所にどのような状態で置かれていたのかは全く不明であり、そうである以上、本件柳刃包丁に付着した血液が自動車内にも付着したはずであるとの弁護人の所論は前提を欠くものというべきである。

もつとも、被告人は、検察官調書(乙一二)及び公判廷において、交通事故の直後、本件柳刃包丁が助手席の足下にあるのに気付いたので、これを捨てに行つたという記憶があると供述するが、右供述はそれ自体曖昧であつて、これを裏付ける証拠はなく、右検察官調書には、本件柳刃包丁が後方から飛んできたように感じたという荒唐無稽な供述も存在することに照らしても、本件柳刃包丁の隠匿前の状態に関する被告人の右供述をたやすく採用することはできない。

4  以上の次第で、被告人と犯人の同一性認定には合理的な疑いがある旨の弁護人主張はいずれも採用することができない。

第五  責任能力

一  被告人の身上、経歴及び本件犯行前後の行動等

関係各証拠によると、被告人の身上、経歴、本件犯行及びその前後における行動は以下のとおりであることが認められる。

1  昭和二六年八月九日、父P、母Q子の三男として出生し、高校卒業後、牧場、運送会社、果物店、カメラ現像所等で働いたが、自動車事故を起こしたことをきつかけに、中山身語正宗金剛山東照寺薬王寺布教所に通つて信心するようになり、二六歳のころ、宗教で身を立てようと考えて、高野山真言宗高野派の専修学院で一年間修行し、二九歳のころ、自宅で真言大日宗薬王寺不動尊の看板を掲げ、不動明王を祭つて宗教活動をするようになり、その後は信者の布施で生活をたてていた。

二〇歳のころ、霊界や人の過去現在未来あるいは人の体の疾病箇所を見通す能力である「眼力」を授かり、それ以来、霊視ができるようになつたと自称している。婚姻歴はない。

2  本件の三年ほど前から、それまでほとんど飲まなかつた酒を飲むようになり、平成二年一二月ころから、飲酒量が増え、また、飲酒した後、車で外出するようになつた。酒量は、ビールは大瓶三本くらい、日本酒は三合くらい、ウイスキーはボトル半分くらいであつたが、酒を飲んでも乱れるということはなく、陽気になるか眠つてしまつていた。

3  自分の宗教を宗教法人化しようと考えていたが、教義の確立に悩んでいた。また、本堂建設のため、自宅が立つ借地を所有者から譲り受けるべく交渉していたものの、同年一二月ころ、これを断られ、右土地所有者が母方の親戚であつたので容易に右土地を譲り受けることができると考えていたことから、相当の衝撃を受けた。そこで、平成三年六月から七月にかけて、別の土地を購入しようとしたが、購入予定地の一部の所有名義人の相続問題等で登記ができず、本堂建設のめどが立たないことにも悩んでいた。

4  平成三年九月二九日夜、自宅で入浴後、少なくとも日本酒を二、三合とウイスキーをボトル半分くらい飲み、同月三〇日午前零時ころ、自己所有の自動車に乗つて自宅を出て、同日午前二時二四分ころ、前記株式会社九州宇佐美香椎バイパス新宮給油所に立ち寄り、ガソリン一〇リットルを給油し、缶ビールを二個購入し、うち一個を持つて同給油所を出た。

5  同日午前三時三七分ころ、前記セブンイレブン白浜店に立ち寄つて缶ビール一個を購入し、同店前の公衆電話をかける振りをしながら、F子に笑いかけ、その後約一時間にわたり、前記JR香椎線の鉄橋付近でF子を待ち伏せ、腹部に手を当てて、「苦しい。助けてくれ。」と言うなどして同女をつけまわし、同日午前四時二七分ころ、再びセブンイレブン白浜店に立ち寄つて缶ビール一個を購入した。

6  同日午前四時五〇分ころ、本件現場において、本件犯行に及んだが、その態様は、終始無言で、B子及びA子が乗車する自転車に近づき、いきなり、本件柳刃包丁でA子の背部を突き刺し、次いで、B子の胸部を正面から突き刺したというものであつた。なお、本件被害者両名とは、本件以前に面識がなかつた。

7  同日午前五時ころ、前記C方前路上において、前記自動車を運転中、自車を同人方ブロック塀に激突させて大破させる事故を起こし、裸足で下車して、事故現場に集まつて来た付近の住民に対して、一人一人頭を下げて謝罪した。同日午前五時一五分ころ、事故現場付近の公衆電話で友人のRに電話をかけて、「事故を起こしたから、ロープを持つて来てくれんかな。平田ナーセリーの近くだ。」と告げ、その後、車内にあつた本件柳刃包丁を事故現場から約五五メートル離れた前記D子方ブロック塀内側の植え込み付近に隠した。同所から事故現場に帰る途中で、付近住民の通報で臨場した警察官と出会い、警察官から事情を聞かれても、すみませんと言つて謝るばかりであつた。

8  同日午前五時五〇分ころ、警察官から飲酒検知のため風船を吹くよう求められ、そのころ事故現場に来ていたRに、代わつて風船を吹いてくれと頼んだが、警察官に見咎められて自ら吹くことになり、その結果、呼気一リットル中に〇・二五ミリグラムのアルコールを保有していることが検知された。その際の被告人の状態は、警察官に何を聞かれても、すみませんとしか答えず、言語態度はくどく、直立はできたものの、歩行は異常でふらついており、酒臭は強く、顔色は赤く、目は充血しているというものであつた。また、そのころ、Rやその後駆け付けた姉のO子から事故の原因を聞かれ、「目の前に人影を見てそれを避けたらぶつかつとつた。」と答えた。

9  同日午前七時三〇分ころ、レッカー車を待つている間、Rが事故現場を離れた際に、同人が運転してきた自動車を運転して二〇〇メートル弱離れた前記E所有の果樹園に赴き、着用していた紺色ジャージ上着を同所西側の排水溝内に隠した。

10  同日午前九時過ぎころ帰宅して休息し、首や頭の痛みを訴えて、午後四時三〇分ころ、大城外科胃腸科医院に行つて診察を受け、帰宅後の午後七時過ぎころ、自宅に呼び寄せたO子と母親に対し、「僕はやつぱり人をひいとるごた。二、三人はねた。火の玉が頭の上にのつかつている。耳の周りに人がガヤガヤ言うとる。」などと述べ、同日の夕食後、信者であるM子に対し、「自分は人身事故を起こしていないか。黒いのがワァーと行つて、赤いのがワァーと行つた。だからハンドルを切つた。気がついたら事故を起こしていた。列の中に突つ込んだんじやなかろうか。何人かひいとりやせんだろうか。二、三人くらいひいとつちやなかろうか。」などと述べた。

11  同日午後一〇時ころ、信者であるL子を自宅に呼んで散髪をしてもらつた後、親族らに対し、「僧侶はやめる。修行する。高野山に行きたい。あれだけのことを起こしたつちやから、人の前に立つ資格がない。」「自分はもう死ぬ。」などと言いだし、同年一〇月一日午前二時ころ、信者であるKの運転する自動車で高野山に向けて出発した。

12  同日午後一〇時三〇分ころ、神戸市付近のパーキングエリアで、Kに対し、「実は人をはねた。取り返しができんことをしてしまつた。人を確か二、三人くらい、二、三回はねとばしてしまい、バーンという音がした。これはもう死ぬしかない。警察がひよつとしたら一五〇人くらい張り込んどるかもしれん。高野山にはよう行かんから薬王寺に戻つてくれ。自首したら二〇年の刑になる。二〇年の刑をくろうて生き恥をさらす訳にはいかん。生き恥さらしたら甲野家の名誉にかかわる。だから死ぬしかない。」などと言つて引き返させた。

その帰途の翌二日午前三時過ぎころ、高速道路上で、車を止めさせ、Kに対し、「Kさん、僕と一緒に死のうか。僕はここに立つているから、一四〇キロくらいのスピードではねてくれ。」「車貸してくれ。一四〇キロのスピードでどこかにぶつかつていくから。」などと言つたり、数回にわたり、運転しているKが操縦しているハンドルに寄りかかつて、運転を妨げたりした。

同日午前八時過ぎころ、Kに対し、L子や親族にあてた遺書めいたメモを渡したが、その中には、「死んだ女性を供養、あなたの家からお茶を上げてください(お願いします)」「交通事故で他人に心配かけたな」という記載があつた。

直方市付近に近付いたとき、Kに対して、「やつぱり生きとく訳にはいかん。私は自殺するから、穴掘つて埋めてくれ。山の方に夕方遅く連れていつて埋めてくれ。一年経つたら掘り出してくれ。もし、私が死にきれなかつたらとどめをさしてくれ。自首はしない。死ぬしかない。」と言い、若宮インターチェンジで高速道路を下りた後の同日午後二時三〇分ころ、「スコップと包丁を買いたい。ちよつと止めて」と言つて車から下りて金物店に向かつた。その後、被告人の言動に恐怖感を抱いたKに置き去りにされたため、信者のS子方を訪ねて、同人方倉庫にあつた切り出しナイフをひそかに持ち出し、同人にM子方まで送つてもらつた。

13  同日午後八時過ぎころ、M子方に来た義兄のNとその弟のTに対し、「俺は大変なことばしとうごたあ、あの事件は俺がやつたごたる。」「俺は自殺する。」「逃げる。」「誰か刺されとろうが。」「突然自分の目の前に大きな火の玉が現れたとその時は思つた。魔物と思つたから印を切つた。それをやつても消えなかつた。襲われると思つたから、それをやつつけた。」「(女性かどうか)分からんけど、そういう気がする。」「事故を起こしたとき、一〇人くらい人がいて、六人くらいはねて、三人くらい死なせたと思う。」などと述べた。

14  同日午後一一時二五分ころ、平塚医院に赴いて診察を受け、平塚敏医師に対し、「一日にボトル半分くらい飲む。飲めば、頭の上半分くらいがスキッとする感じがして酒がますます欲しくなる。今は缶ビール一本しか飲んどらんから落ち着かん。虫などは見えないが、時々耳のそばで音がする。」と述べた。

平塚医師は、被告人がきちんと椅子に腰掛けてきちんと質問に答えており、また、手や体の震えも認められなかつたので、極く軽度のアルコール依存症の禁断症状が出ているものと診察した。

15  同月三日、三善病院に赴き、松井敬介医師から、アルコール依存症の禁断症状が出ているとの診断を受け、同病院に入院した。

同月四日ころ、松井医師に対し、「カメやハエが布団にくつついている。人の声がわいわいさわいでいるように聞こえる。はつきりした声ではないが、こうしろとか二〇メートル位の所から飛べとかささやくような声がする。走つているターザンのようなものが見える。」などと言つて幻視や幻聴を訴えたが、同月六日、九州大学の田代教授は、被告人を診察した結果、幻覚や妄想を抱いているのではなく、単に空想したことを話しているものと診断した。

二  本件犯行及びその前後の行動等に関する被告人の供述の要旨

1  平成三年一〇月九日付け警察官調書(乙二)

本件犯行を自分がやつたことは認める。しかし、具体的にどのような刃物を使つて相手の女性を刺したのか、また、切つたのか、その方法については、逮捕されたばかりで頭の中の整理がまだついていない。事件当日かなり飲酒し酔つていたこともあり、細かい点については思い出せないこともある。

当時、酒を飲んでいたため、通常の人が見える景色が私には変化が起き、瞑想の中で泳いでいるような状態だつた。

2  同月一〇日付け検察官調書(乙四)

九月三〇日明け方に、場所は思い出せないが、車の中にあつた包丁で人を死なせる事件を起こしてしまつた。

本日、検察官に、鯨のような形をした魔物がいたので、それを成敗するために、お不動様の利剣で何回か切りつけたところ、それが人だつたと分かつたと言つていたが、これは作り話であり、嘘である。人を死なせたという本当のことを言うのが怖かつたからである。

私が人を死なせた犯人であることは間違いない。その人を人と知つた上で包丁で死なせているので、精神が錯乱して人が魔物に見えたというのではない。

3  同月一一日付け勾留質問調書(乙五)

被疑事実記載の日時ころ、刃物を手にしており、その刃物を人の体に当てたことは覚えています。その刃物が人の体に刺さつたかどうかは分かりません。人に怪我をさせようとか、人を殺そうとかという気持ちはありませんでした。

4  同月二四日付け検察官調書(乙六)

交通事故の後、当時着ていたジャージは捨てた。

5  同月二四日付け検察官調書(乙七)

交通事故の後、車の中にあつた包丁を事故現場近くに捨てた。

6  平成四年三月一二日付け検察官調書(乙一〇)

九月二九日は、朝九時ころ起き、R方のビニールハウスの修理を手伝つた。

同日夜、母親が寝たころから、いつものように晩酌をした。

酒を飲んでから、雁の巣海岸にドライブに出かけた。どの道を運転して行つたかは覚えていないが、普段雁の巣へ行くときに走る道を進んだと思う。

国道三号線沿いのガソリンスタンド(宇佐美石油香椎バイパス新宮給油所)に寄つたかすかな記憶がある。給油したか、缶ビールを買つたかは覚えていない。

これ以後の記憶はぷつつり切れている。車で走つているイメージは残つているが、どこを走つていたのかまつたく具体的には分からない。もしかしたら、人にあつたかも知れない。数人の者からワゴン車みたいな車に乗せられ、金を取られたのではないかと思う。

次に記憶があるのは、鯨のような形をした黒い影を退治したことである。このとき、自分が車の中にいたのか外に立つていたのか分からない。私から見て左の方から、私の方に向かつて迫つて来る黒い影のようなものがあつた。この影は、鯨のような形をし、長さが三ないし五メートルあり、高さが二メートルくらいあつた。それには何本か足があるように見えた。そのとき、テレパシーと思うが、魔物だから退治せよという声が聞こえてきた。それで、包丁を使つて魔物を退治した。包丁をどういうふうに使つたのか動作までは分からない。黒い影を退治した包丁は検察官から見せてもらつた包丁だと思う。その包丁はおそらく車のトランクの中にあつたと思う。それ以外のことは分からない。

7  同月一三日付け検察官調書(乙一二)

セブンイレブン白浜店に行つた記憶はない。同店前の公衆電話を使つたことや若い女性を付け回したことは覚えていない。

黒い影を退治した後に覚えていることは、車を運転しているとき、突然その前を五、六人の人間が横切つたように見え、また、白つぽい車が自分の車の前を横切つたように見えたことである。

自分は、ぶつかると思つてハンドルを切つたように思う。ガンガンと音がし、車が何かにぶつかつた。それから、ドカーンという大きな音がして、また何かにぶつかつてしまつた。最初にガンガンとぶつかつたのは、人にぶつかつたと思つた。そして、人が集まつてきたように思う。

前後関係がはつきりしないが、助手席の足下付近に包丁が一本あるのに気付いた。普段は車のトランクの中に入れていたのに、どうしてこんなところに包丁があるのかと思つた。その包丁が車の後ろの方から飛んできたように感じた。この包丁をどこかに捨てようと思つた。何メートルか歩いて、民家と道路の間に垣根のようなものがあつたので、その垣根の中に捨てたと思う。

それから、近くの公衆電話でRを呼んだこと、まわりに人が集まつてきて、その人々に謝つたこと、免許証を出した覚えはある。

パトカーの乗務員から風船を吹くように言われ、Rに代わつて吹いてくれんかと言つたところ、警察官に怒られたように思う。

車のトランクが壊れていたので中を覗いて見ると、ゴミが入つていたので、どこかの草むらに行つて捨てたが、このとき、ゴミと一緒に青色のジャージを捨てたと思う。

その後、Rに車で送つてもらい、自宅に帰つた。自宅のテレビニュースで見たのか、声を聞いたのか、和白で主婦が殺害されたというニュースがあり、事故の現場と近いなと思つた。

手足を怪我していたので、美野島の病院に行つたが、帰宅後、頭が錯乱してきた。テレビで報道していた和白の主婦殺害事件について、自分が殺害したのではないかと疑い始めた。それから、交通事故がどうなつたか知りたかつたので、姉のO子とTに自宅に来てもらつて、事故のことを聞いた。当時は事故で人をはねたと思つていたと思う。事故を起こしたとき火の玉が出たかどうか、火の玉のことをO子らに言つたかどうかは覚えていない。

高野山に行くことにしたのは、酒を飲んで事故を起こしたので、心の乱れを静めようと思い、また、和白の主婦殺人は自分がやつたことではないか、そうだとしたら自殺しようと考えたためである。

セブンイレブンのビデオ、自分の捨てた包丁や青色シャツ等の証拠からすると、やつぱり自分が和白の殺人事件の犯人という気がする。

8  公判供述(第一六回公判)の要旨

(1) 平成三年九月二九日の夜、自宅で飲酒した。その後、時間は分からないが、車に乗る刹那を覚えているので、車を運転して自宅を出たものと思う。おそらく、志賀島に行く海岸に向かつたと思う。

(2) その後、ガソリンスタンドに入つたことは覚えているが、そこで何をしたかは記憶がない。ガソリンスタンドを出て、近くの踏み切りで止まつたことは覚えている。

(3) セブンイレブンに立ち寄つたこと、女性を付け回したこと、本件犯行についてはまつたく記憶がない。踏み切りで止まつた後、交通事故を起こすまでの間は、暗闇の中を、何かどろつとしたような中を泳ぐように動いたという記憶しかない。

(4) 人影が五、六人見え、その後ドーンと車がぶつかつたという記憶がある。そのとき、車の助手席の前の床に包丁があるのに気付き、後ろの方から何か魔物のようなものが覆いかぶさるように感じたので、慌てて包丁を持つて車の外に出て、包丁を振り回したような気がする。

(5) その後、何人かの人が現場に集まつてきたこと、Rを呼んだこと、車のトランクのゴミを捨てたこと、パトカーの警察官と会つたこと、自宅に帰つたことは覚えているが、Rに電話をしたかどうか、現場に集まつてきた人にどういうことを言つたか、どのようにして自宅に帰つたかは覚えていない。

(6) 帰宅後どのくらい経つてからかは分からないが、テレビで和白の殺人事件のことを聞いた記憶がある。

その後、三善病院に入院するまで、車で人をはねて死亡させたのではないか、包丁で何か事件を起こしたのではないかという不安があつた。

三  小田鑑定の要旨

小田晋作成の鑑定書、第九回公判調書中の証人小田晋の供述部分(以下併せて「小田鑑定」という。)の要旨は以下のとおりである。

1  被告人にはアルコール依存症で離脱性せん妄状態で入院中の兄と抑欝状態で精神科治療歴を持つ姉がおり、アルコール依存症の負因がある。

被告人はアルコール依存症、アルコール性肝機能障害のほかは、特段の身体的障害がなく、脳波所見の周波数のばらつきがあるが、正常範囲内である。

飲酒試験の結果では、アルコールに対する特異体質は見られない。

ロールシャッハテストによる人格検査では、被暗示性が高いため、現実から遊離したり、空想に逃避しがちであり、ときに客観的事実と自我の境界が曖昧になり、作話的傾向が現れやすいという判定であり、面接所見では、演技性人格障害の傾向、すなわち、自分の想像が現実と混同してしまうという傾向が見られた。

被告人の述べることは、「空想虚言」的であり、被告人が行う「霊視」に典型的に現れている。「空想虚言」とは、架空の事柄を細部にわたつていかにも真実のように話すうちに、自分の虚言を自分で真実のように思い込んでしまつたり、虚言であるという認識と現実であるという信念の二重意識に陥るのが特徴であり、結果として自分をも他人をも騙すというものである。

2  被告人は、捜査官及び小田鑑定人に対し、本件犯行及びその前後の行動について想起できないと述べるが、被告人が、交通事故後、包丁やジャージを隠匿していることからすれば、少なくとも、この時点では、犯行を想起できていたと考えられ、本件犯行から交通事故の起きた時間までは長くて六ないし八分であつて、この短い時間の間に強い健忘を生じる状態から健忘の目立たない状態へ変化したというのは無理がある。また、被告人は、本件後、家族や信者に対して、自分が本件殺人事件の犯人であることを告白し、捜査官に対しても犯人であることを認める供述をしていることからしても、本件犯行自体を自覚していたものである。さらに、前記の空想虚言的傾向に照らしても、被告人の主張する健忘は、意識的につくつた虚偽の健忘であると考えられ、信用できない。

3  被告人は、捜査官に対して、本件当時、「水の中にいるような感じ」「鯨のようなもの、クラゲのようなものが迫つてくる」という異常な体験があつたと述べているが、その内容自体は、アルコール性の精神病に伴う幻覚としてそれほど不自然ではない。

本件犯行の動機として、「火の玉、鯨、クラゲのような魔物が見え、これに対して降魔の利剣を振るつた」という被告人の供述が真実であれば、その原因としては、アルコール依存症の病的酩酊によるせん妄型酩酊が生じていて、これに支配されたことなどが考えられるが、幻覚に支配された殺人、傷害の場合、幻覚が生じた後に殺人ないし傷害の意思が生じ、凶器はありあわせの物を使用するのが通常であるにもかかわらず、被告人は本件において、凶器を手に持ち、その場で女性を待ち伏せしていること、また、被告人が供述するように、火の玉、鯨、クラゲのような魔物が見え、それに対して降魔の利剣を振るつたというのであれば、前方から包丁をやたら振り回すような態様になるはずであるのに、現実には、後ろから突き刺していることなどからすれば、その供述どおりの体験があつたとは考えにくい。

次に、被告人が本件についてまつたく記憶がないとすれば、アルコール依存症による病的酩酊あるいはアルコール寝ぼけ等によりもうろう状態で犯行が行われた可能性があるが、本件犯行についてまつたく記憶がないという被告人の供述が信用できないことは前述のとおりであるから、右の可能性は考えられない。

4  被告人には、当時宗教法人化についての経済的・宗教的悩みのほかに、無意識下に結婚問題についての悩み、すなわち、性的な更に愛情的・依存的な欲求不満があつた。このような心理状態下で、被告人は、飲酒により抑制が解除された状態で、未知の女性であるF子に対し、両手で腹を押さえ、苦しいとか助けてくれと訴える甘えかかりの行動をとつたが、F子にこれを拒絶され、その結果として攻撃性が生じ、女性に対する八つ当たり的な攻撃行為として、本件犯行を敢行して、攻撃性を解消したと考えられる。

5  被告人は、本件犯行当時、酩酊しており、アルコール依存症で離脱性幻覚が出没している状態であり、日常において、性犯罪、加虐行為、暴力行為の傾向はないのであるから、本件犯行が被告人の人格から了解可能であるとはいいがたく、被告人の酩酊はアルコール依存症の離脱性幻覚の出没する状況下に、複雑酩酊と病的酩酊の指標を部分的に有する非定型な異常酩酊であると考えられる。しかし、他方、アルコール酩酊のために抑制力がなくなり、いわゆる欲動放散によつて原始反応的な短絡行動として、八つ当たり的に行われた犯罪であつて、典型的な複雑酩酊には相当しないが、これと等価の状態において行われたと考えられる。

四  仲村鑑定の要旨

仲村禎夫作成の鑑定書、証人仲村禎夫の公判供述(以下併せて「仲村鑑定」という。)の要旨は以下のとおりである。

1  被告人は、本件当時酩酊しており、本件犯行を含むその前後の記憶が大きく脱落している。なお、本件犯行については、漠然と何かやつたのではないかという記憶はあつたものの、明確なものではないと考えられる。ただし、犯行前あるいは犯行後の事柄については、心理規制が働いて記憶がないという可能性はありうる。

2  被告人は、本件当時、軽度のアルコール依存症に罹患していたと考えられ、本件後三善病院に入院していた際には、離脱性幻覚が出没していた可能性が高いが、本件犯行の時点において、アルコール依存症の離脱性幻覚が出ていたとは考えられない。

しかし、被告人の日頃の酒癖からすると、本件は全く見ず知らずの人を被害者とするいわゆる行きずりの犯行であつて、犯行の動機が明らかではなく(小田鑑定は、被告人は、本件当時、性的な、更には愛情的・依存的な欲求不満があり、このような心理状態下で、F子に甘えかかりの行動をとつたが、拒絶されたため、その結果として攻撃性が生じたとするが、被告人に女性問題があつたとする材料がなく、右の見解は、小田医師の推測に過ぎず、自分としては採りえない。)、被告人の人格とは異質の行為で、了解の範囲を越えていること、酩酊による身体症状が軽微なわりには健忘が高度であることなど異常酩酊の病的酩酊を思わせるものがある。

もつとも、被告人は、本件犯行について明確な形ではないとしても、漠然とした記憶が残つている可能性があること、病的酩酊とすると、被告人の行動はまとまつている印象があること、病的酩酊に特徴的とされる不機嫌、刺激性、苦悶などの気分を示していないこと、本件犯行前及び犯行後の酩酊の程度が比較的軽いと思われる時期でも健忘が強いことなど、病的酩酊とするには疑問が残る。なお、飲酒試験において、被告人は、単純酩酊の状態になつたが、単純酩酊にしては記憶の脱落(健忘)が大きい印象が強い。

3  被告人が、病的体験に基づいて本件犯行を行つたという証拠はないが、少なくとも、本件事故の直前においては、急性アルコール中毒による意識障害を背景とした幻視や錯覚などの病的状態が存在していたことは明らかであり、本件犯行の時点においても、何らかの病的体験(幻視、幻聴、錯覚など)が存在していた可能性は否定できない。

4  結局、被告人は、本件当時、典型的とは言えないが、病的酩酊(もうろう型)に近い状態にあつたと考える。

五  当裁判所の判断

1  健忘の有無、程度

前記一、二のとおり、被告人は、本件犯行前後の行動について、逮捕直後から、自分が本件の犯人であることを認める供述をし、具体的な記憶がないという当初の供述から、勾留質問においては、手に持つた刃物を人に当てた旨のやや具体的な陳述をしたが、その後の取調べ及び小田鑑定人の問診においても、犯人であること自体は認めつつ、犯行の経緯、態様については、具体的な供述をしないまま推移し、本件当日の深夜、自動車を運転して自宅を出たこと、国道三号線沿いのガソリンスタンドに入り、その後踏み切りを渡つたこと、交通事故を起こしたこと、本件柳刃包丁とジャージを交通事故現場付近に捨てたことなど事故以降のことは覚えているが、そのほかのことは想起できないと述べている(もつとも、小田鑑定人に対し、一度セブンイレブンに入つたかすかな記憶もあると述べている。)。

小田鑑定は、被告人の右のような健忘の供述部分について、被告人の空想虚言的傾向に照らして信用できないと評価している。

たしかに、被告人には、業務上過失傷害及び道路交通法違反の前科があり、真実は自己がその犯人であるのに(乙三)、当時運転していた友人が大学生であり、将来があるので身代わりになつたと述べたり(乙一)、あるいは、小田鑑定人の「ほかに真犯人がいるのでは」という仮説吟味訊問(小田鑑定書一二八頁)に反応して、真実はそのような記憶はないのに(公判供述)、本件当時ころ、ワゴン車に乗つた数人の人に拉致されたと述べる(乙一〇)など、小田鑑定が指摘するような作話傾向や空想虚言的傾向が窺われる。

しかし、前記のとおり、小田鑑定によれば、「空想虚言」とは、架空の事柄を真実のように話すうちに、自己の虚言を真実と思い込んでしまうというものであつて、このような性格・傾向は、体験あるいは認識しないことを、体験あるいは認識したかのように述べる事柄については合理的に説明できるとしても、被告人が体験あるいは認識したかどうか想起できないと述べることについて、これを虚偽であると判定する根拠となりうるかは甚だ疑問というべきである。

むしろ、被告人は、本件後、親族らに対し、本件の犯人が自分であることを示唆若しくは告白し、逮捕直後から、捜査官らに対し、自分が本件の犯人であり、本件柳刃包丁とジャージを捨てたことの記憶があると述べているのであるから、自己に不利益な事実を隠蔽したいという心理規制が強く働いていたとは考えられず、むしろ、これらの被告人の言動及び供述からは、本件犯行前後の行動のほとんどを想起できない旨の弁解が真実である可能性が高いとみるのが相当である。

もつとも、被告人は、本件事故後、本件柳刃包丁とジャージを隠匿しているのであるから、その時点において、本件犯行についてなんらかの認識があつたことは否定できないところであり、帰宅後、重大事件を犯したかも知れないという強い不安を示したり、本件の犯人が自分であると周囲に示唆若しくは告白していることからすると、本件犯行についてなんらかの記憶が残つていたと考えられる。

小田鑑定は、この点について、本件犯行から交通事故までの時間的隔たりがわずかであることから、この間に強い健忘を生じる状態から健忘の目立たない状態へ変化したというのは無理があるというが、もうろう状態で犯行に及び、犯行自体によつて愕然として覚醒水準が上昇することがありうることは、同鑑定自身も認めるところであり(小田鑑定一三二頁)、被告人が、交通事故後に、車内に血の付いた包丁があるのに気付いたことにより、愕然として覚醒水準が上昇し、それ以前に何者かに向かつて包丁を振るつたという漫然とした記憶と結び付いて、人を傷付けたのではないかとの思いに駆られて、証拠品となる包丁とジャージを隠匿したという可能性を否定することはできない。

また、小田鑑定は、捜査官らに対する自供、家族らに対する犯行告白に照らすと、被告人は本件犯行について自覚し、記憶もあつたと考えられるというが、前記のとおり、家族らに対する告白も捜査官らに対する供述も具体性を欠くものであり、これらの自供や告白によつて、被告人が本件犯行を具体的に認識し、あるいは記憶していたと即断することはできない。むしろ、本件当日に帰宅後、テレビニュースによる本件の報道に接したことから、本件柳刃包丁で人を傷付けたのではないかという漫然とした記憶と結び付いて、自分が犯人ではないかという思いが次第に強まり、強い不安にさらされて異常な言動に及んだ末に逮捕され、逮捕の時点においては、自分が犯人であることを受け入れる心境に至つていたとみるのが最も自然かつ合理的である。

2  異常体験の有無

被告人が、本件犯行の数日後、Tらに対し、目の前に火の玉が現れたので、魔物と思つてやつつけたと述べていること、逮捕直後、捜査官に対し、鯨のような魔物がいたので、成敗するため利剣で切り付けたと供述し、その直後にこれを作話であるとして撤回し、起訴直前、再び捜査官に対し、鯨のようなものが向かつて来て、魔物だから退治せよとのテレパシーが聞こえたので、包丁で退治した旨供述していることは前記一、二のとおりである。

また、被告人が、交通事故の直前に、人が自動車の前に現れたという幻覚または錯覚に陥つた可能性については、小田鑑定、仲村鑑定ともにその可能性を認めているところであり、仲村鑑定は、その直前の本件犯行の際にも、なんらかの幻覚が現れ、被告人が幻覚に支配されて本件犯行に及んだ可能性を肯定している。

被告人の幻覚に関する前記供述は、変遷している上、被告人の作話傾向、空想虚言傾向に照らしても、たやすく採用できないところであるが、仲村証言によれば、病的酩酊の場合には、一種の視野狭搾の状態になるというのであり、被告人が、高さ二メートル、長さ三ないし五メートルの足が何本かある鯨のような黒い影が自分の方に迫つて来ると感じたと述べる幻覚(乙一〇)は、B子がペダルを踏み、後部荷台に乗つたA子がB子のために傘を高くさしかけた状態の自転車が近付いて来る情景とほぼ符合していることに鑑みると、被告人が述べる幻覚を一概に虚偽と断定することはできない。

この点について、小田鑑定は、幻覚に支配された殺人、傷害事件では、被害者を待ち伏せすることはあり得ないとし、また、被告人の供述のように降魔の利剣を振るつたというのであれば、本件犯行のようにA子を背後から突き刺すのではなく、目の前で振り回すはずであるから、被告人の幻覚に関する供述は信用できないと評価している。

しかし、仲村証言によれば、もうろう型を基本とする病的酩酊にあつても、幻覚が現れることがあるというのであるから、被告人が、幻覚を含むなんらかの原因で、包丁を携帯して本件現場の道路にいた可能性もある以上、被告人が意識の清明な状態で待ち伏せをしていたと断定することはできず、また、被害者の乗つた自転車が、被告人の前方から近付き、被告人から見て右側方を通過しようとした際に、自転車に向かつて包丁を突き出したとすれば、被告人に背を向けていたA子の背部に突き刺さるのであるから、魔物の背後から突き刺したと一義的にみることは相当ではない。更に、降魔の利剣を振るうという被告人の表現は多分に宗教的なものであり、その表現と現実の行為の矛盾をもつて、被告人の供述を虚偽と断定することはできないというべきである。

したがつて、仲村鑑定がいうとおり、被告人がなんらかの病的体験に基づいて本件犯行を行つた可能性を否定することはできない。

3  犯行動機等

被告人の前科前歴や関係各証拠によつて認められる被告人の生育歴、生活態度からすると、被告人に暴力的・加虐的傾向は全く認められず、本件犯行が被告人の人格とは異質であつて、了解が不可能であることは明らかであり、この点は、小田鑑定、仲村鑑定ともに一致するところである。

ところで、前記三のとおり、小田鑑定は、被告人には、当時無意識下に性的・愛情的・依存的な欲求不満があり、飲酒により抑制が解除された状態で、F子に対して甘えかかりの行動をとつたが、これを拒絶されたため、女性に対する攻撃性が生じ、本件犯行によつてこれを解消したものであるという。

しかし、同鑑定でも明らかなとおり、右の結論は、被告人には本件犯行当時幻覚等の異常体験はなかつたことを前提とし、残された最後の可能性として推定したというものであるから、前記のとおり異常体験の可能性が残る以上、これを採用することはできない。また、仮に、小田鑑定のいうように、本件当時、被告人には、心理の深層において、愛情的・依存的な欲求不満があり、飲酒により抑制が解除されて、F子に甘えかかつたが裏切られたという分析が可能であるとしても、仲村鑑定が指摘するとおり、被告人の人格に鑑みると、その不満を本件のような凶行で解消したとみるのは余りにも飛躍があり、この点からも小田鑑定の右推論を採用することはできない。

したがつて、被告人が被害者を殺害する了解可能な動機を見出すことはできないというべきである。

4  結論

以上述べたように、被告人には、本件犯行及びその前後の状況について記憶の欠落が著しく、また、本件犯行について了解可能な動機を見出すことができず、本件犯行が幻覚に支配されて行われた可能性を否定することができない。結局、本件犯行は被告人の人格と隔絶した行為というほかない。

したがつて、当裁判所とは前提事実の認定及び評価を異にする小田鑑定の結論を採用することはできず、前提事実の認定・評価をほぼ同じくする仲村鑑定を採用するのが相当である。

ところで、仲村鑑定は、前記のとおり、<1>被告人には本件犯行について漠然とした記憶が残つている可能性があること、<2>被告人の行動がまとまつている印象があること、<3>病的酩酊の特徴とされる不機嫌、刺激性、苦悶などの気分を呈していないこと、<4>本件犯行前後の酩酊の程度が比較的軽いと思われる時期でも健忘が強いこと、以上の点から典型的な病的酩酊としては疑問が残るとしているが、同鑑定人は、証人尋問において、<1>、<2>、<4>は病的酩酊を否定する根拠とはならず、<3>については、そのような気分を呈したか否かを判断する証拠がないということである旨述べており、結局、同鑑定の結論は、被告人は、本件当時、病的酩酊に極めて近い状態にあつたというものとみることができる。

よつて、被告人は、本件犯行当時、事物の理非善悪を弁別する能力及びその弁別に従つて行動する能力を喪失した状態であつた可能性が否定できず、責任能力の存在を認定することはできないというべきである。

第五  結論

以上の次第で、本件公訴事実第一、第二の行為については、いずれも心神喪失者の行為として罪とならないから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官 仲家暢彦 裁判官 冨田一彦)

裁判官 中園浩一郎は転補のため署名押印することができない。

(裁判長裁判官 仲家暢彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例